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プロフィール
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2010/04/22 07:53
今に至るまで大預言者はイスラエルを取り囲む周辺国や神の民の罪や堕落に対する主のさばきと愛、そしてその回復を壮絶に語った後、今もう一度回復の為の祈りを切にささげています。この祈りは、とても大切な内容を含んでいます。私たちもイザヤの祈りを学ぶことはとても有益です。 |
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2010/04/20 13:37
私たちは愛する人が自分のそばを離れ去ってしまった時、やっとその人の大切さや素晴らしさを感じ、悟る時があります。普段、水が満ち溢れていたら水のありがたさ、素晴らしさに気づいてません。空気もそうです。食べ物もそうです。光もそうです。何一つ欠けてはならないものです。体についている目や鼻、口、指,爪、足、髪の毛などもそうです。 |
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2010/04/19 23:57
イザヤは56章から59章に渡ってイスラエルの罪と彼らの堕落像を指摘し、告白しました。また、悔い改めを促しました。ところが、59章の16節から62章に渡っては人にはその罪と咎を自らきよめる能力も力も意思もないことを指摘しながら、創造主自ら正義の審判と救いのみわざを行うことを宣言しています。義と光を失い、自らさばきと死を招く人の為に、創造主の義と光を人に与え、回復することを語っています。そして、その義と善を回復した人々によってさらに神の義の光と救いの冠が全人類に及ぼすことを述べました。 |
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2009/10/30 10:20
イエス様のみもとに、当時パリサイ人や律法学者らの指導者から差別・軽蔑されていた取税人や罪人たちがイエス様の話を聞く為に来た時に、パリサイ人や律法学者たちは彼らを受け入れるイエス様の態度について非難をしました。それに対してイエス様は3つの喩えを通して神様の御心が何かを教えて下さっています。 |
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2009/10/30 10:19
昨日のルカ14:15-24では、宴会の喩えを通して神の国に着いて食事を味わう人は誰かを教えられました。神様の恵みの盛大な宴会は既に用意されています。しかし、ある人々は招かれているのにも関わらず、自分のことに忙しく、残念ながらその素晴らしい恵みの宴会のチャンスを逃してしまいました。これは神様の働き(神の国と義)をする人の恵みは、宴会のような素晴らしいことであること、それを失わないことを教えています。 |
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2009/10/30 10:18
『主人は言った。『街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい。言っておくが、あの招待されていた人たちの中で、私の食事を味わう者は、ひとりもいないのです。』』(ルカ14:23-24) |
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2009/10/30 10:17
今日の本文から私たちは神が報いて下さる人はどうあるべきかを学ぶことができます。神様から認められ、報われる人とは、@安息日を正しく生きる人です。ある安息日にイエス様はパリサイ派の指導者の家にまた招かれました。13章10-17でイエス様は安息日に18年間病を煩って腰が曲がった人をわざわざ癒しながら、律法学者たちやパリサイ人たちの偽善を叱責されましたが、イエス様はここでももう一度彼らの情けなさ、哀れみの無さ、律法的偽善を叱りました。 |
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